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わたしがかかっていたちょっと変わった病気のはなしをします

2022年6月28日

手術

以前のブログにちらっと書いた通り、去年10月に腹腔鏡手術を受けたのですが、その病気がちょっと変わっていて、手術もロボット(ダビンチ)がするなど、実はすごかったのです。

 

わたしの病名は

先天性腎盂尿管移行部狭窄(せんてんせい じんうにょうかん いこうぶ きょうさく)」でした。

 

は?

聞いたことない。じんうってなに。笑

 

この病名は術式が決まってから聞いたのですが、それまでははっきりと名前も分からず、ネットで症状を調べても専門的なページしか出てこないし、情報がなさすぎてとっても不安だったんです。

 

ボールペンの話とはまったく関係なくなりますが、同じように不安な方がいらしたら参考にしてもらえたらなと思って、ブログに載せてみます。

 

わたしが手術を受けるまでに知りたかった情報を素人目線でひたすら書いていきますので、その時の症状や感情も詳しく書いていきます。長いですので必要なところだけ読んでいただけると幸いです。

 

症状

 

10年ほど前から右わき腹に鈍痛が出ることがありました。

頻度はだいたい年に1,2回です。

 

痛みの程度はその時々で多少違うのですが、右側だったので「盲腸かな」と思うほど痛いこともあったし、便秘の5倍くらい痛い(?)時もありました。

どちらにしても結構痛かったです。

 

最初は腰痛にも似た、おもーい感じなのですが、だんだん痛みが強くなって、そのうち脂汗が出て、座っても立っても横になってもうずくまっても何をしても痛い時間が続きます。

 

でも不思議なことに、その日なんとか数時間でも寝れば、翌朝には不思議と何の痛みもないんです。

 

さらに、この症状はいつ起きるかまったく分からず、水分を摂りすぎたとか、逆に摂ってないとかも関係なく、体調の変化もありませんから、対処のしようがありませんでした。

 

何回目かの痛みがあった翌日、市内の大きな病院で色々と検査をしてもらいました。

症状を話したら、尿路結石かもしれないとのことで、エコー検査を2回、レントゲンを2回しても石の影はなく、後日、造影剤を入れたCT検査をしました。

(この造影剤の検査、その後何度かしましたが体が熱くなる感じとか、毎回気持ちが悪いです)

 

その時の診断は

水腎症(すいじんしょう)」。

生まれつき尿管が狭いか、なにかに引っかかっているかで尿の流れが悪くなり、腎臓が通常の2倍くらいになっていたようです(後述しますが、それから10年後の今では3倍に)。

常にたくさんの水分が腎臓に溜まるから、伸びちゃっている状態ですね。

でも少しずつでも流れてはいるし、腎機能も正常だし、ほっといても大丈夫とのこと。

 

腎臓がたまに痛くなるのは、何かしらあって腎臓の中の水圧が変わることで痛みが出るそうです。そして翌朝に治っているという現象は、その水圧がもとに戻るから、とのことでした。

 

手術で尿管を正常にしてもいいけど、痕が残るし、腎機能がおかしくなるか、たまに来る痛みを我慢できる間は様子見という結論に至りました。

 

再診察

 

その後、いつくるか分からない痛みに耐え10年くらいが経った去年5月、その時の痛みは今までをはるかに超え、息もできないほど悶絶しました。

 

夕方頃からじわじわと右わき腹が痛くなり出して、いつもの症状だと思ってがんばっていましたが、夜8時頃にはもう気絶するんじゃないかというくらいになりました。

 

むかし診てもらった大きな病院に電話したのですが、診察時間外だったので断られてしまい、やっと声をしぼりだしながら色んな病院に電話して、市内の別の病院がとりあえず診てくださるとのことで行くことになりました。

でもその頃にはまともに動けず、妹が運転をしてくれました。

車の中では、運転する妹に心配をかけたくなくて我慢しようと思いましたが、それでもかなりひぃひぃ言ってしまったほどです。

 

歩けない、というか、そもそも地面に足をつけることすらできなかったので、玄関まで看護師さんが車いすを持ってきてくれて、人生で初めての車いす体験!(その時はそれどころではなかったですけど)

診察してくれた先生があとで、「よく自分で来れたね。救急車呼ぶレベルだよ。」と言われました。汗

(救急車って呼ぶのに勇気が要りますよね。。。)

 

夜10時頃になっていましたが、痛み止めの薬を飲むことしかできず、しかもそれもなかなか効かず、痛すぎて吐き気もひどかったので抑える点滴も打ちました。

ロキソニンが効くまで4時間ほど、もうダメかなと思うほど痛みに苦しみました。

 

両親もかけつけてくれて、夜中1時過ぎまで付き添ってくれ、当直以外の先生も来てくださいましたが、レントゲンを撮っても原因が分からずじまいで、後日泌尿器科の先生に診察してもらうことになりました。

(しかし、ロキソニンってすごいですね。這うようにしか動けなかったのに、病院から帰るときには普通に歩けました!)

 

詳しい検査をして、腎臓が3倍ほどになっていることが分かりました。

ただ、相変わらず腎機能は正常だし、感染症にもかかっていないけど、これからさらに50年、腎臓がこのままもつとは考えにくいのと、また同じ痛みが来たら耐えられないとの判断で、手術ができる医大で診てもらうことになりました。

 

医大へ

 

病院には風邪の時くらいしかお世話にならないほど無縁だったわたしが、車で往復1時間半かかる医大へ、検査や診察で1週間に3度通う日もありました。

 

生まれつきとは言え、今まで何の悪さもせず、静かにがんばっていてくれた右の腎臓くん。

色んな検査を受け、とりあえずわたしの右の腎臓からは2本尿管が出ていて(これは100人にひとりくらいは居る、珍しくない病気だそうです)、2本のうち1本の尿管が細いために通りが悪いことが分かりました。

本来なら腎臓の中に腎盂(じんう)がひとつ、腎盂から膀胱へ尿管が1本が普通です。

反対側の腎臓はちゃんとひとつずつでした。

 

でも右側は、腎臓の中に腎盂がふたつあり、それぞれの腎盂から尿管が出ているので、2本が途中で1本につながり、膀胱へ続いていました。

 

尿管が2本出ていても、通りがよければ一生なんともなく、気づかない人も居るくらい大したことではないそうです。

 

 

腎臓が悪くなっているわけではないので、手術をするかしないかから一緒に考えていただき、さらに福井県に1台しかないロボット(ダビンチ)での手術をすすめられていたので余計に結論が出しにくかったです。

ロボットの遠隔操作で、って途中でバグったりしないのかなってめちゃめちゃ怖かったんですよね。

 

どちらにしてもダビンチでわたしの症状の手術をするのが福井医大では初めてとのことで、さらに全国的にも症例が上がっていないそうで、術式が正しいのか、そもそも治るものなのかも手術をしてみないと分からないと先生もおっしゃっていたし、もうどうしていいか判断しづらい条件ばかりでした。

 

家族とも話し合い、お腹に5カ所も穴を開けること、腎臓が悪くなっていないのにそもそも手術をした方がいいのか、命にかかわる手術ではないにしても、全身麻酔やいろんな影響、コロナ感染防止のために面会が一切禁止になることなど不安な点をつぶしていきました。

 

せっかく何度も検査をして原因が分かった今手術をしなかったらタイミングを逃しておおごとになるかもしれないと思い、手術に踏み切りました。

 

術式

先天性腎盂尿管移行部狭窄

 

さて、わたしの尿管狭窄のために何をしたかというと、一度尿管を腎臓から切り離して、「尿管ステント」という尿管を拡張しておくための管を入れて閉じるというもの。

でもこれで治るとは断言できないとのこと。

肥大してしまった腎臓を小さくすることはせず、この管を入れるためだけに内視鏡手術(ロボット支援下)をしました。

術後1か月経ったらこの尿管ステントを抜いて、その後検査で様子を見るというものでした。

 

ちなみに「尿管ステント」とネット検索すると、「耐えられない」「抜去 激痛」とか恐怖のサジェストが出てくるんです。汗

 

この尿管ステントが後々、本当に大変でした。

 

入院と手術

病室

▲7階の病室からの眺め。不安な想いでよく外を見ていました。清々しいほど田舎です。

 

2021年9月29日に入院、10月1日に手術が決まりました。

 

余談ですが、手術の1か月前には術前検査というものも初体験し、身長体重測定のほか、肺活量なども検査しました。

わたしは平均以上の肺活量らしく、すこし安心しながら体調万全で迎えることができました。

検査の先生にめちゃめちゃ褒められたのもうれしかったです!

 

あとは入院の準備が大変でした。

わたしは入院経験がなく何を持って行けばいいのか想像もつかなかったのと、コロナ禍で誰一人面会してはいけない状況だったので着替えや足りないものを持ってきてもらうことは一切できません。

Sサイズのスーツケース(閉まらないほどパンパン)とPCバッグと小さめのボストンバッグ。

それと入院の時におむつとか腹帯とか病院で買いそろえたもので結構な荷物量に。笑

 

術後どんな状態になるか想像もつかなかったので、暇つぶしに使う文庫本やヘッドホン、スマホスタンドなども購入して、なんなら仕事もしようとPCも持って行きましたが、実際体が痛いのと集中力もまったくないのとで、暇つぶしとして一番活躍したのは入院ギリギリに購入した文庫本でした。

PCなんてまったく開かず持って帰りました。笑

そしてポケットWi-Fiは必須です!

 

さて本題へ。

 

手術のときにお腹がいっぱいだといけないので、前日には半日かけて下剤でお腹を空っぽにされました。

何気にこれが本当に嫌でした。

下剤がとにかくまず過ぎてのどを通らないのです。おえっとなるし、涙目になりながら看護師さんに励まされて乗り切りました。

手術

 

いよいよ前日の夜、母とLINE通話をして消化にいい食事を摂り、夜中にはまた下剤を飲んで朝の手術に備えました。

 

ちなみに、コロナ禍だったので寝ている時までもマスクをしないといけなくて不便でした。

 

朝、手術着やらソックスを渡され着替えて待っていたら8時に主治医の先生がお迎えに来てくれて一緒に手術室へ。

ドキドキはマックスです。

 

手術室の前で手術担当の看護師さんからいろんな説明を聞いていたら急に涙が出ました。

主治医の先生も他の先生も看護師さんもみんな優しくしてくれるのに初めての手術と入院で、さらにコロナ禍で家族にも会えなくて、不安でいっぱいだったのかもしれません。

説明を聞きながら、年甲斐もなくぽろぽろとしばらく感情にまかせて泣きました。

 

看護師さんたちも慣れていらっしゃって、大柄な男性でも手術の前には泣いたりするよとおっしゃってました。

大人になって、こんなにやさしくしてもらえることがあるんだろうかと思うくらい、寄り添ってもらえました。

 

ひと泣きしたらすっきりして、わたしの手術室へ。

ダビンチは一番奥の手術室にいました。

10室ある手術室はそれぞれ銀色の大きなドアで、映画で見るような宇宙船みたいな感じでワクワクしました!

 

部屋に入ると、まず上の方に数本のアームが見えて、ほかにもおおきな機械やモニターなどがいくつもあって、そして、主治医の先生と何人かのスタッフさんが笑顔で迎えてくれました。

 

それこそ映画のセットのような、非現実がひろがっていました。

ほんとうに写真を撮りたかった!

 

もっとピリピリしているのかと思ったけど、スタッフさんたちもゆったりとしていて「これがダビンチだよ」とか「先生はここで操作するよ」とかスタジオ見学に来た気分になり、促されるまま手術台に乗りました。

命にかかわるような大手術でも、緊急でもなかったからかもしれませんね。

 

この時にはもう麻酔かけられるだけだし、わたしができることも何もないし、先生たちを信じるのみ!と腹もくくっていたので不安はありませんでした。

 

点滴を打たれて、いよいよ全身麻酔に入るときには少し緊張しましたがベテランの女性がやさしく声をかけてくれて、「体があたたかくなってきますよ」と言われてなにか答えようと思った時には寝ちゃってました。

 

術後

(痛いのとかちょっと怖い方は飛ばしてください)

手術直後

「平池さん、無事終わりましたよ」

と主治医の先生の声が聞こえて、なんかまっしろな光で視界もぼやけていたのですが、さっき寝たところなのに終わったってなに?と思って「は!いま何時ですか!」と聞くと、13時過ぎとのこと。

4時間以上経っている。。。

 

不思議な感覚でした。

さっきまで笑って話していたのに、本当におなか切ったんですか?って思いました。

 

頭や身体の感覚がぼんやりしていて痛みも何もなかったのですが、また寝ちゃったみたいで次に目が覚めたら病室にいました。

 

病室で目覚めてから

起きたらのどがカラカラなのと、吐き気がすごくてナースコールを呼びました。何とか少し体を起こして口をゆすいだら、血が出てきて看護師さんといっしょにびっくり。

あとで先生に聞いたら「鼻から管を入れたんだけど切れちゃったのかもね」と笑顔で言われました。笑

わたしの鼻の奥はかなり狭くて胃カメラとかも全然入らないんですよね。さぞかし入りにくかったんだろうなと思います。

 

麻酔が切れたあと吐き気があるかもと言われていましたが、鼻血が口に入ることもあってか、吐き気はずっと続きました。うがいするにも体を動かすとおなかに響いてつらかったです。

 

これは入院中何度もあったことですが、自分では驚くようなことも、笑顔で何事もないように言われると安心するんですよね。

先生たちはさすがです。

 

起きてからはまだ麻酔が効いていたからか、おなかの痛みよりなぜか右肩がすっごく痛くて、これも聞いたら、手術中に右わき腹を大きく開けるために右肩を頭の上に曲げて「C」みたいな形で寝かされていたそうです。

それで固まったかな?とのことでした。

当たり前ですがなーんにも覚えていないんですね。

 

ロボットの手術もすごいけど、麻酔に感動しました。

ちゃーんと意識を失って、5カ所もお腹を切って、ロボットのアームやらカメラやら色んな器具でぐりぐりしたのに気づきもしなくて、でもちゃんと術後に目が覚めるんです。

 

事前に先生から説明をされていたのですが、麻酔から覚める時に暴れたり、暴言を吐く方がいらっしゃるそうです。

これは寝ぼけている状態なので一時的なもので、おかしくなるとかではないのですが、万が一のために体を固定すると言われました。

 

わたしは自分が変なことをしないかすごく気になったのですが、おとなしかったそうです。よかった。

 

その日は絶食だったので、ほとんど本を読んだり寝たりアマプラを見たり寝たりしていました。

だんだんと覚醒してきて、とにかくおしっこの管が痛かったのと、寝返りというか、姿勢を変えるのもとってもつらくて、看護師さんの見回りのタイミングでお手伝いしてもらって、すこーし右へ左へと向きを変えたりしました。

夜中に一度、おなかの痛みが強かったので座薬を入れてもらいました。

 

術後1日

翌朝、先生がおなかのキズを見に来られたのですが、腹帯を開いてわたしも初めて見ました。

が、まぁ、グロい。。。

横一文字に1㎝ほどのものから、2㎝を超えるくらいのものまで5カ所のキズ。

くわしくは書きませんが「これ、わたしの身体ですか?寝てて分からなかったけど、ほんとに手術したんだ?」って感じでした。

 

手術からほぼ丸一日ですが、姿勢を変えたりおなかに力を入れず、安静にしていればズキズキと痛むとかいうことはありませんでした。

 

病院食

待ちに待った朝ごはんは、重湯とすまし汁。

おいしかったなぁ。

そのあと家族ともLINE通話して元気な顔を見せることができました。

 

お昼ご飯も完食して、すぐに立ち上がったりよちよち歩いたりできたので、おしっこの管も外してくれて、すっきり。

 

初めての手術だったので、入院前にいろんな知人に手術のことを聞きまわったのですが、おしっこの管が外れるとすごくラクになるって本当だったんだ!と感動しました。

 

当たり前ですがわたしは尿管を手術したので、ベッドの横にあったおしっこのバッグは真っ赤。

ひぃ、となりました。この写真はさすがに載せれない。。。

 

ちなみに入院中は状態のチェックのために毎回検尿カップに排尿したのですが、ずっと真っ黒や真っ赤のおしっこしか出ませんでした。ひぃ。

 

術後3日

病院食

食事はつねに完食。

普段食べるご飯の2倍くらいの量を食べてました。とにかくお茶碗がデカい!

熱も上がらないし、元気いっぱいなので、3日目の朝には先生から「もう退院してもいいですよ」と言われ、急すぎてびっくりしたほどです。

 

まだ一度もシャワーも浴びていないし、トイレ(大)も兆しがないし、傷口に水をかけるのはとても怖く、病院で一度済ませたかったのでその日にシャワーを浴びて次の日退院することにしました。

 

お風呂ではキズを直視すると気絶しそうだったし、身体を動かすと響くのでさらさらーと流す程度でしたが気持ちがよかったです。

 

退院の日、たまたまだったのですが医大ならではの「教授回診」があったのです。

(退院を1日延ばしてよかった…っ)

 

病室に入りきらないほどの行列で、すんごい迫力でした。見れてよかったー。

 

教授に腰は痛くないですか?と聞かれ、腎臓のことをおっしゃっていたのだと後で分かりましたが、その時は圧にテンパってしまい、寝てばっかりだったので腰は痛いけど大丈夫です、と見当違いのことを言ってしまいました。笑

 

身体はしんどかったと思うけど、それよりもみなさんに本当に良くしてもらえたし、半年以上経った今ではいい思い出(?)になっています。

 

血尿は出ていましたが、経過がとっても良くて、想定していたよりも早く、術後4日目の朝には退院となりました。

食事の制限も何もないけど、1か月は運動をしないように、とのことでした。お薬は、なにかあった時のためにロキソニンを4錠のみ出されました。

 

ちなみに、お世話になったみなさんに、ジェットストリームの抗菌ペン(3色ボールペン)に医大の名前を入れてプレゼントしましたが、とっても喜んでくれました!

【同一印刷名入れボールペン】三菱・抗菌ジェットストリーム(SXE3-400A-07)3色ペン0.7mm

コロナ禍の病院では活躍するかなとあれこれ考えて選びました!

 

退院

 

病室を出たら真っ先に1階にあるタリーズコーヒーへ直行!

ブラックコーヒーがずっと飲みたかったのです。もちろん一気飲みしました。

退院

 

母と妹が迎えに来てくれて家に帰ったのですが、病室では元気だったのに、外に出るだけでめまいやら酔う感覚やらで気持ちが悪く、とくに2階の自室へ上がるための階段1段すら足が上がらなくて「え?」ってなりました。

 

そういえば1週間ほどほとんど寝たきりだし、コロナ禍のために自分の病室があるフロアしか移動できなかったし、段差一つない安全な床を歩いていましたから、こんなことがあるんだとビックリしました。

脚の筋肉ってこんなにすぐ弱るんですね!

 

10月初旬とは言え、とても暑い日が続いていたので、とにかく清潔に規則正しい生活を心がけて、社会復帰を目指しました。

が、やはり尿管の中で拡張する管「尿管ステント」が超絶つらい。

 

尿道をつまようじみたいなとがったものでツンツンツンツン…とつつかれている痛みが起きている時も寝ている時も何してても続きます。

 

わたしは1か月というリミットがあったけど、何年も入れている人も居るとのこと、考えただけで白目になってしまいます。

 

退院して2,3日後には37℃を少し超える熱が出だして、ずっと下がらなくなりました。

たまに会社に顔を出してみるも、15分も居れば音や視覚の刺激で具合が悪くなるし、家にいてもひまだし、尿管ステントはずっと痛いしで、退院してからの方が断然具合が悪かったです。

 

血尿は退院後1週間くらいで収まり、発熱も3週間ほどでやっと平熱に戻りました。

 

手術のキズも2,3週間ほどであまり痛くなくなりましたが、一度膿が出てびっくりしたことがありました。

電話で先生に相談したら高熱が出ていないなら大丈夫とのことで、それきりすっかり治りました。

 

尿管ステントの抜去

 

さて、地獄の時間です。

ネットで調べてぞっとしていたこの瞬間。

だって、「激痛」「耐えられない」です。

 

結論、んもぅ、その通りでした。

 

1か月後にエコー検査と尿管ステント抜去があったのですが、ステント抜去はあまりの痛さに大声出しました。ハイ。

 

産婦人科にあるあのいやーな椅子に座って、麻酔なしで尿道からカメラを入れて、映像を見ながら尿管ステントを引っ張り出すんです。

こうやって言うだけでも怖い。

 

先生が見ていたモニターをこちらにも見せてくれて、映像見てると気分をごまかせるかな?と言われたのですが、居ました。ステント。

うす暗い水の中でゆらゆらと動いていました。

これが膀胱をツンツンしていたのかと納得です。そりゃ痛い。

 

でもそのあとは引っ張り出す痛みで見てもいられず、「もう出てきますよ」という声も遠のくほど痛くて

最後に、ぅうぎゃーっと声を上げて終わりました。

 

でもステント抜去のあともずーーーっと尿道がヒリヒリと痛かったんです。

まともに歩けないほどです。内またでよちよち歩きしていました。涙

病院を出る前にトイレに行ったのですが、排尿がまた痛すぎて悶絶しました。

このヒリヒリは3日後には治りましたが、このトイレでの痛みは二度と味わいたくありません。

 

そして、エコー検査ではあまり良くなっていないなぁと先生がおっしゃったのにはがっくり。こんなに体調が悪くなったのに、効果がなかったかもしれないなんて。

さらに1カ月後に尿の流れるスピードを検査するということで様子を見ることになりました。

 

経過

 

2か月後

このときの検査で尿の流れは以前よりは早くなっているけど、正常ではないとのこと。

でも少しでも良くなっているならよかった。

 

この12月頃は、生まれて初めてヘルペスにかかってたらこ唇になったり、ものもらいにかかったり、各病院で免疫力が落ちていると言われまくった時期でした。

ちょっと動いたらぐったりしたし、気も滅入ってつらい日々が続いていました。

 

3か月~半年後

1月の検査でもあまり良くなかったですが、4月(術後半年)の検査で尿の通りは正常ではないものの、なんと腎臓が少し小さくなっているとのこと!

 

伸びちゃった腎臓は戻らないと聞いていたのに、溜まる水分が減ったら縮んできたみたいです。細胞が若いのか、とても嬉しい結果になっていました。

 

ただ、尿検査の結果はあまり良くなかったそうでした。

ちょっと難しい話だったのでわたしは分からなかったですが、先生はあまり心配しなくていいとおっしゃったので、気にせず今も過ごしています。

 

術後1か月どころか、3カ月ほどは具合が悪かったものの、2月の繁忙期からは休みなく働けるほどすっかり元気になりました。

 

約9カ月経った6月現在、手術痕はまだくっきり残っていますが、少しずつキレイになってくるといいなぁと思います。

ときどーきうずくような痛みはあるんですよね。あと、たまにかゆいこともあるのでポリポリしてしまいます。

 

1年間は検査が続くけど、しっかり診てもらって良くなったらいいなぁと思います。

 

まとめ

 

水腎症に苦しんだものの、腎臓はふたつあるから大丈夫とか軽く思って手術にいたるまで10年もかけてしまいましたが、左の健康な腎臓にだって、なにが起きるか分かりません。

事故に遭って失うかもしれません。

そもそも感染症に一度もかからなかったことも奇跡かもしれませんね。

 

これからも深刻な病気になる前にサインを無視せずに手を打って、長く元気に働ける身体づくりをしていきたいと思っています。

 

あ、余談なのですが、尿の通りが悪いと最初に診断されたときに家族に伝えたら、母がとてもショックを受けまして、「健康な体に産んであげられなくてごめんね」と言われたんです。

でも、わたしは一般的にはめちゃくちゃ健康な方です。

風邪も数年に一度しかひかないし、大病もしたことありませんし、先述のとおり入院すら今回が初めてだったんです。

生まれた時からどんどん腎臓が肥大していただろうし、水腎症になっていても感染症ひとつ起こさず、腎機能も正常だったことは、健康な体だからこそ最小限で大したことにならなかったからだと思っています。

 

わたしの場合は検査で肝心なところが見えず、病名がはっきりしなかったこと、むずかしい手術ではないと言われても、上がっている症例がほとんどなく、参考にできる記事も見当たらず不安な気持ちでいっぱいだったことから、もし同じ症状や病気で悩んでいる方がいらしたら、とブログを書いてみました。

 

わたしは幸いにも腎機能は正常だったし、感染症にもなっていないから、術前術後を比較してはっきりと実感できる変化はありませんが、まだ症状が重くなる前に、勇気を出して手術を受けてよかったです。

ちなみに1年に数回起きていた脇腹の痛みは今のところ一度もありません。

 

先天性腎盂尿管移行部狭窄でお悩みのみなさま、手術が一番いいかどうかは分かりませんが、検討の参考になれば幸いです。

 

 

 

 

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